2008年1月28日月曜日

「清濁併せ呑む」!!

「清濁併せ呑む」、店の上層部が好んで使っているようだ。どのような意味で使っているかというと、「悪い事も少しは目こぼしして上手くやって行かないといけない」という都合の良い使い方をしているようだ。つまり、悪い事をしても良いと考えているようだ。どちらかというと、「水清ければ魚棲まず」といった意味合いが強い。しかし、これは偏った極端な考えを戒める言葉なのだが・・・。本来の意味は「善も悪も分け隔てをせず、まるごと受け入れるということ。大海が清流も濁流も迎え入れることから、「清濁併せ呑むの気概」などと使って、度量が広いことに言う。 」とある。もう少し深く考えてみると、老子の「道」と考え方が似ていると思う。「本来、自然に善悪は無く、自分で判断している、そのまま見て感じなさい」「そうすると、考え方が広くなるし、多角的に見れるようになる」という意味だろうと思う。つまり、自分本位ではなく、もっと大きい仕組みがあるの気付き、もっと大きく考えなさいと薦めている言葉だろう。決して、悪い事をしても良いという、浅い意味ではないと思う。「水清ければ月宿る」「心が清らかならば神仏の加護があるということ。」が本来の意味の延長上にあると考えているがどうだろうか?

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